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Komaru Seminar

 

Activation of the ISR mediates the behavioral and neurophysiological abnormalities in Down Syndrome

ダウン症の発症において、ISR(統合ストレス反応)の活性化が行動学的、および神経生理学的異常の原因である

Ping Jun Zhu , Sanjeev Khatiwada , Ya Cui , Lucas C. Reineke , Sean W. Dooling , 

Jean J. Kim , Wei Li , Peter Walter , Mauro Costa-Mattioli

 

Science 2019, 366: 843-849

 

Introduction

知的障害は、全人口の約2~3%が罹患しており、その原因の多くはダウン症だと考えられている。ダウン症は、卵母細胞の減数分裂時に21番染色体が分離されず、その娘細胞の21番染色体が3本になること(21トリソミー)により発症する先天性疾患である。ダウン症は知的障害だけでなく、アルツハイマー病などの精神病や身体的発達障害などの合併症を伴うことが多い。その原因は染色体の数的異常によるものだと考えられているが、なぜ複雑かつ様々な病態を呈するのかは未だ解明されてない。ダウン症の発症率は、母親の出産時の年齢と相関関係があることが知られており、現代の高齢化社会において、ダウン症に対する有効な治療法の開発が求められている。

学習能力や記憶能力には、神経細胞におけるタンパク質合成が重要であることが考えられている (Malleret et al. 2001、Chen et al. 2003、Wang et al. 2004)。このタンパク質合成には、翻訳真核生物翻訳開始因子2 (eIF2)が重要な役割を担っている。eIF2はGTPおよび開始コドンに対応するメチオニンtRNAと結合して、メチオニンtRNAをリボソームへと輸送し、タンパク質の翻訳を開始させる。その際、GTPは加水分解されGDPになるが、別の翻訳開始因子であるeIF2BによってGDPとGTPが交換され、再び翻訳開始に利用される。しかし、細胞がストレスを感知すると、eIF2キナーゼが活性化され、eIF2をリン酸化する。このeIF2のリン酸化(eIF2-P)がeIF2Bと強く結合して翻訳開始に利用されたeIF2のGTP交換を阻害し、eIF2のリサイクルを抑制される。これによって、GTPと結合したeIF2が減少し、翻訳の開始が抑制される。この翻訳抑制は、ウイルス感染やアミノ酸欠乏など、多様なストレスによって誘導されるため、統合的ストレス応答 (ISR)と呼ばれている。

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〇eIF2による翻訳開始機構、およびeIF2のリン酸化による翻訳抑制機構(ISR)の概略図

 

近年の研究で、eIF2キナーゼの阻害によるISRの抑制によって認知能力や記憶の形成を増強させたこと (Zhu et al. 2011)や、eIF2のリン酸化を促進することで記憶能力が低下したこと (Costa-Mattioli et al. 2007)が報告され、ISRと知的能力の低下との関係性が明らかにされてきている。現在のダウン症に関する研究では、21番染色体に存在する個々の遺伝子の生理機能に注目し、ダウン症の症状との因果関係を解明することに焦点が当てられる。しかし、タンパク質全体の合成量の変化については未だ解明されていない。本研究では、ヒト21番染色体と相同であるマウス16番染色体が3本となっており、ダウン症様の知的障害が認められることからダウン症モデルとして広く利用されているTs65Dnマウスを用いて、ダウン症におけるタンパク質合成量の恒常性の異常、およびダウン症に認められる知的障害に対するISRの関与を解明することを目的として研究を行った。

Result

Ts65Dnマウス、およびダウン症患者の脳においてISRが活性化されていた

ダウン症におけるタンパク質合成の恒常性の変化を調べるため、WTマウスとダウン症モデルマウスであるTs65Dnマウスの脳におけるタンパク質合成率を比較した。まず、Ts65Dnマウスの海馬を用いて、ショ糖勾配によるポリソーム沈降アッセイを行った (Fig.1 A)。Ts65Dnマウスでのポリソーム/サブポリソーム率がWTマウスと比べて32±8%減少していた (Fig.1 B,C)。また、翻訳中のポリペプチド鎖に取り込まれるピューロマイシン量の測定によるタンパク質翻訳量の解析によって、Ts65Dnマウスの海馬での翻訳量が著しく減少していた (Fig.1 D,E)。この翻訳量減少にはISRの関与が考えられるため、Ts65Dnマウスの脳におけるeIF2のリン酸化体 (eIF2-P)量を解析したところ、WTマウスと比較して有意に上昇していた (Fig.1 F)。さらに、ヒトの場合でもこれらの現象が起きるのか調べたところ、eIF2のリン酸化の増加がダウン症患者の死後の脳サンプルでも認められた (Fig.1 G)。また、ダウン症患者由来の線維芽細胞株を人工多機能性幹細胞 (iPSC) にリプログラミングし、培養後、21トリソミーである細胞 (DS)を用いて解析したところ、21トリソミーである細胞内でeIF2-P量は有意に上昇していた (Fig.1 H)。さらに、ピューロマイシンによる翻訳量測定を行ったところ、21トリソミーである細胞ではピューロマイシン取り込み量が減少していた (Fig.1 I,J)。これらの結果から、ダウン症モデルマウスであるTs65Dnマウス、およびダウン症患者の脳内ではタンパク質翻訳量が低下しており、その原因の1つとしてISRの活性化があることが示された。

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Fig. 1 The ISR is activated in the brains of DS mice (Ts65Dn) and individuals with DS.

(A) Schematic of polysome profiling sedimentation. After ultracentrifugation, subpolysomes (40S, 60S, and 80S) and polysomes were separated on the basis of size. (B and C) Representative polysome profile traces (B) and quantification (C) of polysome/subpolysome ratio in the hippocampus of WT and Ts65Dn mice (n = 3 per group, t4 = 4.05, two-tailed Student’s t-test). (D and E) Incorporation of puromycin into nascent peptides was detected using an anti-puromycin antibody. A representative immunoblot (D) and quantification (E) in hippocampal extract from WT and Ts65Dn mice (n= 3 per group, t4 = 5.69). Treatment with the protein synthesis inhibitor cycloheximide was included as control. GAPDH, glyceraldehyde phosphate dehydrogenase. (F to H) Representative immunoblot and quantification of eIF2-P levels in (F) hippocampal extracts from WT and Ts65Dn mice (n = 8 or 9 per group, t15 = 3.14), (G) postmortem human brain extracts from controls and individuals with DS (n = 11 per group, t20 = 2.10), and (H) human iPSC extracts from an individual with DS (CH21-trisomic, n = 8 per group, t14 = 4.95) compared with its isogenic control. (I and J) Incorporation of puromycin into nascent peptides in iPSCs was detected using an anti-puromycin antibody. A representative immunoblot (I) and quantification (J) in the DS CH21-trisomic iPSCs compared with the isogenic control line (n = 12 per group, t22 = 2.51). “Isogenic control” indicates iPSCs that are diploid for CH21, whereas “DS” indicates iPSCs that are CH21-trisomic. Both lines were derived from the same individual with DS, and the experiment was replicated in 8 to 12 wells per genotype. Data are mean ± SEM. *P < 0.05, **P < 0.01, ***P < 0.001.

Ts65Dnマウスの脳においてISRであるPKR経路が活性化されていた

Ts65DnマウスでeIF2-P量が増加した原因を解明するため、eIF2タンパク質のリン酸化を担う3つのキナーゼ (PKR、GCN2、PERK)に着目した (Fig.S4 A)。この3つのキナーゼのそれぞれの活性化量を検討しところ、PKRのみ有意に増加していた (Fig.S4 B~G)。実際、 PKRをノックアウトしたTs65Dnマウスの海馬において、eIF2のリン酸化の割合が野生型のTs65Dnマウスと比較して低下していた (Fig.2 A,B)。さらに、ピューロマイシンを用いて翻訳量を解析したところ、PKRをノックアウトすることによってTs65Dnマウスの翻訳量の低下が抑制された (Fig.2 C,D)。これらの結果から、Ts65Dnマウスの海馬におけるeIF2のリン酸化の促進、および翻訳の抑制は、PKRの活性化によって媒介されることが示された。

 

PKRの阻害によってTs65Dnマウスの長期記憶、およびシナプス可塑性の障害が改善された

ダウン症患者は、学習機能と記憶機能に障害を有することが広く認められている。そこで、ISRの活性化がTs65Dnマウスの長期記憶障害に関与するか調べた。まず、マウスに軽い電気ショックを与えることで恐怖を覚えさせた後、24時間後に再び同程度の電気ショックを与え、その後の「すくみ反応 (Freezing)」を観察した (Fig.2 E)。通常、恐怖を覚えているマウスほど、顕著に「すくみ反応」が認められるが、Ts65Dnマウスでは「すくみ反応」が大幅に減少し、PKRノックアウトTs65Dnマウスでそれが有意に改善した (Fig.2 F)。さらに、PKR阻害剤であるPKRiを腹腔内投与したTs65Dnマウスで同様の改善効果が認められた (Fig.2 G)。さらに、マウスに2つの同一物体を探索させ、24時間後にどちらか一つを別の物体に置き換えた状態で再びマウスを探索させた (Fig.2 H)。この物体認識試験において、通常のマウスでは置換された物体を探索する時間の割合が大きくなるが、Ts65DnマウスはWTと比較して新しい物体の探索時間の割合が有意に小さく、物体認識能力が減少していた。しかし、PKRを欠損させることで物体認識能力は改善された (Fig.2 I)。また、PKRiを腹腔内投与したマウスでも同様の改善効果が得られた (Fig.2 J)。

次に、PKRの阻害によってTs65Dnマウスのシナプス可塑性における障害を改善できるかを検討した。シナプス可塑性とは、外界から入ってきた刺激に対する、シナプス接合部の増加などのシナプスの変化のことを意味し、知的能力において重要な役割を果たす。シナプス可塑性の一例として、信号の送り手になる細胞に繰り返し電気刺激を与えると、受け手の細胞との間の伝達効率が長時間にわたって増強される現象である長期増強 (LTP)が存在し、LTPは学習や記憶の基礎過程であることが知られている。本実験では、海馬の切片を用いて、タンパク質合成に依存することが知られる後期長期増強 (L-LTP)を解析した。Ts65Dnマウスの海馬においてL-LTPは減衰しており、PKRのノックアウトによってL-LTPは改善した (Fig.2 K)。以上のことから、eIF2キナーゼであるPKRの活性化がTs65Dnマウスにおける長期記憶、およびシナプス可塑性における障害に関与していることが示唆された。

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Fig. 2 Inhibition of PKR rescues the deficits in long-term memory and synaptic plasticity in Ts65Dn mice.

(A and B) Representative immunoblot (A) and quantification (B) of eIF2-P levels in hippocampal extracts from WT (n = 9), Ts65Dn (n = 10), and Ts65Dn-Pkr−/− mice [n = 7, F2,23 = 4.12, one-way analysis of variance (ANOVA)]. (C and D) Incorporation of puromycin into nascent peptides was detected using an anti-puromycin antibody. A representative immunoblot (C) and quantification (D) in hippocampal extracts from WT (n = 8), Ts65Dn (n = 7), and Ts65Dn-Pkr−/− mice (n = 6, F18,2 = 25.16). (E) Schematic of the fear conditioning paradigm. (F) Genetic inhibition of PKR: freezing behavior before (naïve) and 24 hours after training in WT (n = 12), Ts65Dn (n = 10), and Ts65Dn-Pkr−/−mice (n = 9, H = 22.74, one-way ANOVA on ranks). (G) Pharmacological inhibition of PKR: freezing behavior before (naïve) and 24 hours after training in vehicle-treated (n =15) and PKRi-treated Ts65Dn mice (n = 14, t27 = 3.21). (H) Schematic of the object recognition task. (I) Genetic inhibition of PKR: novel object discrimination index 24 hours after training in WT (n = 15), Ts65Dn (n = 15), and Ts65Dn-Pkr−/− mice (n = 12, F2,39 = 11.56). (J) Pharmacological inhibition of PKR: novel object discrimination index 24 hours after training in vehicle-treated (n = 10) and PKRi-treated Ts65Dn mice (n = 12, t20 = 3.48). (K) Genetic inhibition of PKR: L-LTP induced by four trains of high frequency stimulation (HFS, 4 × 100 Hz) in WT (n = 10), Ts65Dn (n = 14), and Ts65Dn-Pkr−/− mice (n = 14, H = 15.72, P < 0.05). fEPSP, field excitatory postsynaptic potential. (L) Pharmacological inhibition of PKR: L-LTP induced by 4 × 100 Hz of HFS in vehicle-treated (n = 7) and PKRi-treated Ts65Dn mice (n = 13, U = 41.00, P < 0.05, Mann-Whitney U test). Data are mean ± SEM. *P < 0.05, **P < 0.01, ***P < 0.001.

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Fig. S4. The PKR branch of the ISR is activated in the hippocampus of Ts65Dn mice.

(A) Schematic of a simplified ISR signaling pathway. Representative Western blots and quantification of GCN2-P (B, E; n = 4-5 per group, t7 = 1.00, P = 0.35), PERK-P (C, F; n = 4-6 per group, t8 = 0.10, P = 0.92) and PKR-P (D, G; n = 5-6 per group, t9 = 4.62) levels in the hippocampus of WT and Ts65Dn mice. Data are mean ± s.e.m. **P < 0.01.

ISRの阻害によってTs65Dnマウスの翻訳異常が改善した

Ts65Dnマウスの脳におけるタンパク質合成の調節不全をより明らかにするため、WTマウスとTs65Dnマウスの脳を比較して、ゲノム遺伝子全体の転写、および翻訳レベルでの差異を検討した。予想通り、Ts65Dnマウスでは、多数の遺伝子が転写および翻訳レベルで有意に増加、または減少していた (Fig.3 B,C)。これらの変化した遺伝子群の多くは、mRNA代謝やリボソームに機能的に関連する遺伝子であることが明らかになった (Fig.3 D)。さらに、翻訳レベルでのみ変化したmRNAに焦点を当てると、662個の遺伝子のmRNAの翻訳量が変化しており、これらの変化はTs65Dn-Pkr⁻/⁻マウスにおいて抑制された (Fig.3 E)。これらの結果から、ISRであるPKR経路を阻害することで、Ts65Dnマウスの脳で認められた翻訳調節の異常を改善されたことが明らかになった。

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Fig. 3 Inhibition of the ISR rescues the dysregulated translational program in the brain of Ts65Dn mice.

(A) Schematic of the polysome profiling followed by RNA-seq protocol. (B) Scatterplot showing the genes significantly up- or down-regulated (>1.5 fold) at the transcriptional and/or translational levels in the brain of Ts65Dn mice. mRNAs whose expression was not altered between genotypes were removed from the analysis (white square). (C) Venn diagram depicting transcriptionally and translationally up- or down-regulated genes in Ts65Dn mice. (D) Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes (KEGG) pathway enrichment analysis of the genes down-regulated in Ts65Dn mice compared with WT. cAMP, 3′,5′-cyclic adenosine monophosphate; GnRH, gonadotropin-releasing hormone. (E) Heat map showing genes that are significantly up- or down-regulated only at the translational level in Ts65Dn mice and rescued in Ts65Dn-Pkr−/− mice (n = 3 per group).

ISRの抑制によってTs65Dnマウスの翻訳量低下、および長期記憶とシナプス可塑性の障害が改善された

Ts65Dnマウスの脳でeIF2のリン酸化が促進され、それによってタンパク質翻訳量の低下が起きていることが明らかになった。タンパク質の合成が長期記憶の形成とシナプス可塑性において重要であることから、eIF2-Pを減少させることによってTs65Dnマウスにみられる記憶障害が改善されることを予測した。そこで、eIF2のリン酸化部位である51番目のセリン残基を、リン酸化されないアラニンに置換されるよう遺伝子改変したEif2s1S/AマウスとTs65Dnマウスを交配させ、Ts65Dn- Eif2s1S/Aマウスを作成した (リン酸化されないeIF2が産生されるTs65Dnマウスを作出した)。実際に、Ts65Dn-Eif2s1S/Aマウスの脳では、Ts65Dnマウスと比べてeIF2-Pレベルが減少した (Fig.4 A,B)。また、ピューロマイシンを用いたタンパク質翻訳量測定を行ったところ、Ts65Dn-Eif2s1S/Aマウスでは翻訳量が回復した (Fig.4 C,D)。さらに、長期記憶とシナプス可塑性への影響を検討したところ、Ts65Dn-Eif2s1S/Aマウスではいずれも改善された (Fig.4 E,F)。さらに、Ts65DnマウスにISR阻害剤としてeIF2Bを活性化させるISRIBを腹腔内投与し、同様の手順で長期記憶とシナプス可塑性への影響を検討したところ、ISRIBを投与したTs65Dnマウスでそれらが改善されていた (Fig.4 G,H) 。したがって、Ts65Dnマウスの脳における翻訳量低下や、長期記憶とシナプス可塑性に関する障害は、eIF2のリン酸化を抑えることによって改善可能であることが明らかになった。

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Fig. 4 Genetic or pharmacological inhibition of the ISR rescues the deficits in memory and synaptic plasticity in Ts65Dn mice.

(A and B) Representative immunoblot (A) and quantification (B) of eIF2-P levels in hippocampal extracts from WT (n = 8), Ts65Dn (n = 8), and Ts65Dn-Eif2s1S/A mice (n = 8, H = 15.92). (C and D) Incorporation of puromycin into nascent peptides was detected using an anti-puromycin antibody. A representative immunoblot (C) and quantification (D) in hippocampal extracts from WT (n = 11), Ts65Dn (n= 11), and Ts65Dn-Eif2s1S/A mice (n = 12, F31,2 = 11.23). (E) Genetic inhibition of the ISR: freezing behavior before (naïve) and 24 hours after training in WT (n = 9), Ts65Dn (n = 13), and Ts65Dn-Eif2s1S/Amice (n = 12, F2,31 = 20.25). (F) Genetic inhibition of the ISR: L-LTP induced by 4 × 100 Hz of HFS in Ts65Dn (n = 10) and Ts65Dn-Eif2s1S/Amice (n = 9, t17 = 3.1, P < 0.01). (G) Pharmacological inhibition of the ISR: freezing behavior before (naïve) and 24 hours after training in vehicle-treated (n = 14) and ISRIB-treated (n = 16) Ts65Dn mice (U = 43.50, Mann-Whitney U test). (H) Pharmacological inhibition of the ISR: L-LTP induced by 4 × 100 Hz of HFS in vehicle-treated (n = 8) and ISRIB-treated (n = 9) Ts65Dn mice (t15 = 4.84, P < 0.001). Data are mean ± SEM. *P < 0.05, **P < 0.01.

ISRの抑制によって、Ts65Dnマウスの抑制性シナプス伝達の増強が抑制された

以前の研究で、Ts65Dnマウスにおける長期記憶とシナプス可塑性に関する障害は、抑制性シナプス伝達の増強に起因する可能性が示唆された。そこで、PKRを介するeIF2-Pの増加を抑制することは、抑制性シナプス伝達の増強を抑制できる可能性が考えられた。実際、Ts65Dnマウスで抑制性シナプス伝達が増強されていたが、PKRをノックアウトすることで増強は抑制され (Fig.5 A,B)、またPKRiを腹腔内投与したTs65Dnマウスでも同様の結果が得られた (Fig.5 C,D)。さらに、Ts65Dn-Eif2s1S/Aマウス、ISRIBを投与したTs65Dnマウスでも抑制性シナプス伝達を抑制した (Fig.5 E~H)。したがって、PKRの阻害およびeIF2リン酸化の阻害によるISRの抑制は、Ts65Dnマウスにおける抑制性シナプス伝達の増強を抑制することが明らかになった。

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Fig. 5 Genetic or pharmacological inhibition of the ISR suppresses the increased inhibitory synaptic responses in Ts65Dn mice.

(A and B) Sample traces (A) and summary data (B) show frequency of mIPSCs in CA1 neurons from WT (n = 16), Ts65Dn (n = 20), and Ts65Dn-Pkr−/− (n = 16) mice (F2,49 = 7.76). (C and D) Sample traces (C) and summary data (D) show frequency of mIPSCs in CA1 neurons from vehicle-treated (n = 16) and PKRi-treated (n = 17) Ts65Dn mice (t31 = 7.09). (E and F) Sample traces (E) and summary data (F) show frequency of mIPSCs in CA1 neurons from Ts65Dn (n = 20) and Ts65Dn-Eif2s1S/A mice (n = 17, t35 = 4.58). (G and H) Sample traces (G) and summary data (H) show frequency of mIPSCs in CA1 neurons from vehicle-treated (n = 13) and ISRIB-treated Ts65Dn mice (n = 22, t33 = 6.18). Data are mean ± SEM. **P < 0.01.

 

 

Discussion

ダウン症モデルマウスであるTs65Dnマウスの脳では、タンパク質の翻訳量が低下しており、その原因としてPKRを介したeIF2のリン酸化の促進、およびISRの活性化が起きていることが明らかになった。さらに、Ts65Dnマウスで認められる行動異常、および神経生理学的異常が、タンパク質の翻訳量低下によって引き起こされている可能性が明らかになり、これらの神経性の異常は、ISRを阻害することで改善可能であることが示唆された。本研究の成果によって、ISRはダウン症で認められる認知障害を緩和するための新たな治療標的になる可能性が示された。

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